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日本を代表する高級ハンドバッグメーカーの老舗、濱野皮革工芸の創業は明治13年(1880年)に遡る。すでに1世紀以上の歴史と伝統を積み重ねてきたわけだ。江戸時代に刀のつばや鞘を革でつくっていたことに始まり、やがて軍人用の刀帯、婦人用ベルトなどを経て、昭和初期には、それまでに培った技術を生かしたバッグづくりを手がけるようになった。
濱野皮革工芸のバッグが時代を先取りするものであったことは、「日本に洋装文化があまりなかった時代に、海外からヴォーグなどのファッション誌を取り寄せて、バッグの形、色、留め金まで、徹底的に研究したのです」という、三代目濱野敬之のことばにうかがい知ることができる。発表されたバッグは、丈夫でさえあればいい、デザインなどは二の次という考え方が支配的だった当時の鞄づくりの中で、シンプルながら、とびぬ
けてモダンなデザインを誇っていた。そうしたファッション性に加えて、皮革工芸を知りつくした老舗の匠の技が随所にしっかりと息づいている。こうして口伝えに評判は評判をよび、そのバッグは一躍女性たちの憧れの的となったのであった。
「使う人の身になって、いいものをつくる。そのためには絶対に妥協をしない」これがHAMANO(濱野)に代々一貫して流れる精神だ。
そのこだわりは、あらゆる制作工程にあらわれている。素材である原皮については、牛はドイツ、羊はアフリカと原産国をかぎり、最上の品質のものを厳選している。クロコダイルでは気に入ったものがないため、自ら飼育に乗り出すという凝りようだ。また、革は1頭の子牛革から数個しか採らず半分は捨ててしまう。キメ細かく仕上げるために、背中からお尻にかけてのもっとも良い部分しか使用しないのだ。さらに、1個の表革、裏革、かぶせを同じ1頭からくりぬ
くことで、縫い目を境にする繊維の流れ(革組織の強さ)を揃える。 |
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「私たちは10年経ったときのバッグの表情を想像しながらこしらえていきます。同じ繊維の走りをもつ同士で組み合わせないと縮みに差が出ていびつになってしまうのです」
縫製にも手間と時間がたっぷりとかけられている。縫い目に斜めに針をいれるために、ミシン目をいちいち数針もどしながら縫っていく。これで縫製の耐久性が高まり、ほつれも防げるというHAMANO'独特の技法である。大量
生産のスピード製法が置き忘れてきた懐かしい「昔の職人世界」が今なおここにはあった。
このようにしてつくられたHAMANOのバッグが、国内だけでなく海外においても高い評価を受けているのもある意味では当然のことだろう。ブランド名にまどわされずに、いいものはいいとする、本物の目がそこにあるからだ。日本の皇族方やイギリスのダイアナ妃に愛用され、また母子2代に渡って、あるいは何十年も前のものが、修理に出されながら使われ続けるというのも、なるほどとうなずける。 |
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HAMANO,one of the oldest quality hand-bag manufacturers
in Japan,was established in
1880.At first their products,such as leather scabbards or sword belts,were
mainly for military use,but at the end of the1920's the second generation
master of their shop began making handbags for women,taking advantage
of his wellknown professional knowledge and leathercraft techniques.
HAMANO was a design-oriented manufacturer from the beginning.The craftsmen
imported fashion magazines such as VOGUE and bought handbags from
Italy,taking them to pieces and studying them very carefuIly.Consequently
they were successful in producing a simple but fashionable handbag
when handbags were judged by nothing more than ther strongth. HAMANO's
traditional workmanship was combined wit good design. HAMANO has been
extraordinarily particular about every stage of their production process.They
pay the utmost attention to the selection of materials.They use sheepskin
only from Africa,and their calfskin is from Germany.They are not satisfied
with existing crocodile skins and are planing to raise crocodiles
for themselves.Their aim is to use only the best and most suitable
parts of each animal hide.Only the skin from the area covering the
back and rump of a calf is used to get more finely tanned skin.
"We are making a handbag imagining its future image ten years from
now," says Mr,Hamano,the third generation president of HAMANO.The
fact that HAMANO's bags can be passed from mother to daughter, or
can be used for scores of years with only the occasional repair, secms
to support his words.
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濱野敬之
濱野皮革工芸 代表取締役社長 イタリアを初めて訪れたのは、30年ほど前になるかと思います。当時は今とは違って海外に出る人は極々少数でしたし、飛行機はプロペラ機、東京からローマまで30時間ほどかかりました。ローマに着くともう、へとへと、といった感じでしたね。しかしデザインという分野に於いての先進国イタリア、常に新しいものがあるのではないかという期待が、私の足をイタリアヘと運ばせました。この30年間、そうですね、年に3〜4回の割合で訪れていますね。
日本でブランドブームが始まるだいぶ前のことですが、フィレンツェにあるグッチの工房を見学に行ったことがあります。その時、工場長がまず私に見せたのは、工場の天井でした。驚きましたよ、そこには、みごとな16世紀のパラッツィオの絵が描かれているのです。なるほど、こういう芸術というものに囲まれた環境の中であるからこそ、素晴らしい物が創り出されてゆくのか、と感じました。と同時に、日本の工場との違いを認識させられもしました。
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こうした工場で働くクラフトマン達を通して私は、"イタリア人"を知るようになりました。カルチャーについては非常に日本人に通
じるものがあるということ、特に"情"というものに関して言えば、それは日伊貿易の"妙"と言えるでしょうね。彼らは物と金とのビジネスではなく、人と人とのふれあいが織り成すビジネスをおもんじているのです。それを裏づけるとも言えるこんなエピソードがあります。半年近くもファックスのやり取りばかりで埒(らち)があかないビジネスがありまして、思いあまった私は直接イタリアの工場へと赴いたのです。そして、そこで働くクラフトマン違に向かって、「今日は仕事やめ、手打ちだ!」といってシャンパンの栓を抜いて全員に振舞ったのです。するとどうでしょう、すっかり意気投合してしまって、ビジネスは成立。それ以来その工場とはどんなに忙しい時でも真先に私共の仕事をやってくれるといったような嬉しい関係が統いています。 |
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クラフトマンシップとでもいうのでしょうか、彼らの創る物に対する思い入れ、愛着心にはいつも感心させられます。それは、皮に対する知識の深さが土台となっているわけですが、クラフトマン達は皮の繊維構造まで理解した上で、裁断をしてゆくのです。その技術は、知識を越えた先天的な技をも感じさせます。
バックが型くずれをするかいなかは、マチの部分の皮の質で大きく左右するということをご存知でしょうか。それを良く知っているクラフトマン違は目立たない部分でもあるにかかわらず、上質の皮を使います。私達はマチと工業用語的な呼び方をしていますが、彼らは"プロフィール"(横顔)と呼んでいました。そんなことからも彼らの作品への思い人れが伝わってきます。
私は彼らイタリア人を"感覚人間"と考えています。それは色に関していうと、例えば製品の色を記入してもらう際、赤とか黒という色別 ではなく、春のボスコ(森)色、秋のボスコ色、また、地中海のブルー、アドリア海のブルー、波の砕けた時のブルー、といった具合に、その製品に合わせて個人のもつ感覚で色の名前を創造し、記入してくるのです。はてさて、いったいどんな色なのかと困ってしまうわけです。またたとえ同じ色であっても会社ごとに全く違った呼び名をもっていることもあります。そんな彼らに、いつも惑わされながらもやはり憎めないなあーと思ってしまうのです。 |
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